2015/03/07

あなた+わたし=ぼくたち - 全国アートNPOフォーラムより


あなた+わたし=ぼくたち - 全国アートNPOフォーラムより

今日は浜松でした

夕方から小雨の降りだした浜松市

夜はまた寒い風が吹きました


ある日、FBを見ているとこのイベントが目に留まって。


あまり躊躇せずにそのまま申込み

そして今日御前崎から浜松入野まで

いつも一人で出かけるので今回もいつも通り

最近、シーグラスアートが僕の周りでは好評だから

アートと居場所、生き方、あるがまま、自分らしさ、マイノリティ・・・

いろんなキーワードのヒントがここにあるんじゃないかと


とても個性的な会場

比較的若い人たちが中心になって運営しているような雰囲気


この外観といい

なんだろう、「今ここから」何か発信されている

そんな感じがしました


生きるためのアート

そんなテーマで日頃の活動の様子が報告されたり

ディスカッションがあったり

19:00の最終を迎えるころには会場も一緒になって

「ことばがむつかしい」「もっと大人が将来の希望を示してほしい」

「机上の空論は空論ではないのかもしれない」

「福祉は押し付けになっていないか」

ほんとにいろんな意見が出て


ぜんぜんまとまりそうもない気配


でもなんだろう

このみんながなんとかしたほうがいいよねって思ってる雰囲気

どうしたらいいのか

方法は1つに定まらないけれど

何かしたほうがいいよねっていうのが伝わるんです


障がい病気の有無、性別、年齢

いろんなカテゴリーがもうすでになされていて

その中にいつの間にか組み込まれていて

その中で生きていくことをいつの間にか教育されて

それが普通だと思っていること


マイノリティとマジョリティ

そんなことばも

もしかしたら自分たちでカテゴライズしてしまっているかもしれない

「僕は・私は・こうなんです」

そのことばの後に続くものはきっと

「認めてください」「受け入れてください」

ということかな

でも

僕は今日ここに自分のスタイルがこれでよいと再確認しにきたようで

わからない人にはわからない

理解は腑に落ちるとは違う

だから

わかる人同士でいればよい

わざわざ変な労力をかけてわかってもらおうということ自体

もしかしたら

マイノリティという名を借りて

相手の領域に殴り込みをかけている

そんな現代社会・マジョリティと同じことになるのかも


その人がそこにいて

僕がここにいて

それでよいとする



終り頃

僕がいつものノートに書いていたのはこんなシンボル

小さなコミュニティで安心する居場所 7という数字

それが隣り合わせであって

行き来する人がいたり

とどまる人がいたり

でもそれが繋がっているから

輪ができて

循環し

8になって

社会になっていくのかな


レッツのスタッフさんが

発表の時にいっていたことば

「もっとこの人を知ってほしい」

いろんな意味が含まれて

でもスタッフだからこそ見える日常

この人のこんな豊かな姿もあるんだよ

それを伝えたい

そんな優しい思いが垣間見れた気がしました


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御前崎 Natural Style
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